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序章 後悔先に立たず

子ケロ&子々ケロ&妻ケロ
01 /20 2017
ランドセル

昨年の肌寒い頃。
小雨の落ちる夕刻あたり。
車で同僚を送る途中の信号待ちの時。
ワイパー越しに人影が見え、目を凝らす。
そこにはランドセル背負った子供が一人。

(上の子と同じくらいの歳かなぁ・・)

すると突如、涙があふれ滴り落ちる。
それは感情から独立し勝手に流れ出る。
もはやオフライン化した涙腺は制御不能。
30分以上も、いっこうに止まる気配はない。

同僚の前では憮然と偉そうにしている私。
そんな輩がしゃくりあげて涙を流してる。
同僚はその異様な光景に絶句状態。
そりゃぁたまらん、奴もかわいそうに。
客観的にはある種のホラー現象だよな。

理由はじつに単純だ。

小雨ににじむその子が上の子と重なった。
小一の頃の姿がフラッシュバックしたのだ。
真新しいランドセルに興奮し喜んでいたっけ。
今は部屋の片隅でホコリだらけだよ。
けっこう高かったのにねぇ。

上の子が不登校になり、そろそろ一年。

バカな父親なりに胃が痛くなるほど考える。
トライ&エラーに錯綜する日々で疲労困憊だ。
してとにかく、経済的に安定すればなぁと思う。
すれば子供の大好きな母親が働かずに済む。

自営弱小チームの経済活動には波がある。
利害を左右する設計主権は元請だからね。
意思決定権の及ばぬ労使関係はもう8年目。
おべっかサラリーマンと変わらんよこれじゃぁ。
いや、固定給や昇給賞与がある分上をいくか。

労使間を繋ぐコーディネーターはヤル気ゼロ。
なまくら選手権世界チャンピオン間違いなし。
経済的な自由なんて夢のおとぎ話である。

でも嘆いてばかりもいられない。
なまくら侍に依存していたのは私だからね。
何か行動しなければ時間だけが過ぎるだけ。
足りない脳ミソ絞って動くしか道はないのだ。

一番楽しいはずの小学生時代。
昼夜猫と遊ぶだけなんて50年先の話だって。
熱いうちの鉄が打てるように何とかしなきゃ。

PS.今日現在、子ケロは不登校のまま。

父ケロ



根源 身から出た錆

子ケロ&子々ケロ&妻ケロ
01 /22 2017
父ケロ3


「具合が悪く保健室で横になっています。」

子ケロの不登校が本格化する一年前。
週一の割合で学校から連絡が入るように。
いわゆるお迎え要請の電話だ。

「帰宅と判断しました。」

若干事務的な雰囲気の漂う保健の先生。
機械的というか・・サイボーグ感がいいね!
しかし事務所作業の集中月で良かったな。

(現場集中月ならアウトだった・・)

序章でも触れたが、私は稼ぎが悪い。
入金が遅い時は借金で補填する月もある。
言ってはいないが雰囲気で分かるのか。
妻はパートを辞める気にはなれないようだ。

お迎え要請は週一で妻が対応していた。
しかしもう10年以上の古株パート社員。
重なる早退は新人社員に示しが付かない。
当然会社もいい顔をするはずもない。
よってお迎えは私が対応処置にまわる。

事務所と学校は近く、10分もかからない。
学校に到着後、いつもそのまま保健室へ。
もう既に帰りの支度は済んでいるようだ。

(う~む・・顔色は普通なんだよなぁ)

ん?帰宅する嬉しさ感情を殺しているな?
わざとらしく気怠い小芝居してやがるぞ。
案の定、帰りの車では満面の笑みである。

「ちょっとドライブしてから帰るか?」

「う~ん・・早く帰って嵐の録画見たい‼」

「・・・・ハイハ~イ・・・・」

・・・・この時あたりからかだったと思う。
優しい妻が豹変し、暴力的になったのは。
能天気な父と子に耐えられなくなったのだ。


でもねぇ、この時既に分かっていたんだよな。
不登校の根源は夫婦のいさかいにあるって。
さて、どーしたものか・・・。

PS.今日現在、子ケロは不登校のまま。

父ケロ



考察 木を見て森を見ず

子ケロ&子々ケロ&妻ケロ
01 /23 2017
かんがえる

昨年度の○○省の統計結果。
小中高の不登校児が7年ぶりに減少か。
少しは回復基調にあるのかねぇ。

でもちょい待て、少子化は関係ないのか?
確か子供の数って減っているんでないの?

謀不登校支援団体で具体的な数がある。
小中高の約29万3千人が不登校に直面。
親や親族など一人で悩みを抱える数は・・
推定163万6千人かぁ。

けっこう莫大な数字だよこれ。
だって表に出てきている分の数字でしょ。

仮に不登校の原因を精神疾患とする。
頑張ってギリギリ通学出来ている児童。
その階層を疾患予備軍としたら・・・。
これって数字が下げ止まって喜べるのか?

まだ調べは足りないのだろうが、もういいよ。
何が正解なのかを調べるだけでウンザリだ。

不登校が本格化し始めた時。
妻は妻なりに色々と相談に奔走した。
残念だが、その中には俄か宗教団体も。
普通の○○クリニック的な看板だったのに。

結局、正道かどうかは分からない。
学校と無料の区の生活相談に通い詰める。
協力的な先生や行政カウンセラーさんだ。
惜しみなく復学をバックアップしてくれてる。

なもんだからこれは誰にも話してはいない。
実は無理に学校に行かせたいとは・・・。
学びはいくつであれ始められるからなぁ。

そう感じたのには訳がある。
学校長さんや副校長さん。
担任の先生や生活指導の先生との面談時。

せっかくなので伺いたいことがあった。
それは子供に問われ答えられなかったこと。
恥ずかしいが私は明確に答えられなかった。
して、一堂に会した先生方に伺ってみたのだ。

「学校は何のために通うの?」

「こう問われたら先生方は何と答えます?」

結果、全員が沈黙し嫌な空気が流れた。
見渡すと全員がうつむき下を向いている。
若干焦った校長先生は私に質問を返す。

「お父さんからは何とお答えされました?」

「・・学校は社会の縮図だから・・的な・・」

「いいですね‼(全員顔を見合わせる)」

「あと、ネットでは仲間は作れない的な・・」

「ますますいいです‼(全員安堵の歓喜)」

「・・・はぁ・・・どうも。」

皆さんとてもいい方々である。
他人の子供の無茶振りに額に汗してくれる。
けれども若干落胆したのも事実だ。
教育のプロである立派な先生方々。
学校の意義に対しての答えに困るなんて。

これはもう自分たちで何とかせにゃぁな。
そう決断した日であった。

PS.1月下旬現在、子ケロは不登校のまま。

父ケロ





歓喜雀躍 子ケロと子々ケロ

子ケロ&子々ケロ&妻ケロ
01 /24 2017
泳ぐ子ケロ

23年前の新婚時代からの10年間。
母と離婚し再婚をしていた父との連絡時。
第一声のお決まりのセリフがあった。

「おーなんだぁ、子供はまだなのか?」

たぶん父本人にそう悪気はないのだろう。
関東人のくせに阪神ファンである変り者。
よって(?)デリカシーが欠落した男である。

晩婚少子化時代ではあまり聞かないそれ。
私は夫婦で楽しくしてるから気にもならん。
しかし妻ケロには重たい挨拶だったようだ。
結婚してからの10年間。
年末年始に挨拶する度にこれじゃなぁ・・。

妻ケロの父はこの数年前に病気で他界。
孫の顔を見せられぬままの別れだった。
たぶん妻ケロはそれが心残りだったはず。

そしてファイター妻ケロの不妊治療が開始。
およそ2年間、月一のハズレくじで涙する。
でも妻ケロは決して諦めない強い女。

当時は珍しかった腹腔鏡下手術へGO‼
妊娠を阻んでいた子宮内粘膜の除去オペ。
施術後3ヶ月後、子ケロが誕生するのだ。
結婚13年目を迎えた年のことである。

第一子誕生に歓喜するミドルエイジ夫婦。
心がこんなにも(高揚)するものかと驚く。
後に(浮足立つ)を体感するわけだが。

神経質で夜泣きがすさまじい子ケロ。
小3くらいまでは不眠生活だったかなぁ。

初めての子育てで目まぐるしく過ぎる日々。
現在に至るまで色々あった。
事の前後関係が錯綜し整理がつかないよ。

2歳の時の大事は思い返すと今も震える。
尿路感染で発熱、口から泡吹き意識不明。
救急車内では一時心肺が停止。
救急救命士さんの蘇生処置で復活。
親子共にこの世の終わりをリアルに感じた。

その後、現代医療の素晴らしさに感謝した。
入院や治療で半年以上の闘病生活。
まだ小さいので、入院時は妻ケロも一緒。
私は朝仕事に出掛け、帰りは病院の日々。
日清食品がこの世に無ければヤバかったな。

3歳の時にも斜視の大がかりなオペを経験。
施術内容を聞いて人生で一番迷ったっけ。
全身麻酔で眼球を持ち上げる。
レーザーメスで斜視の原因の筋肉を削ぐ。
インフォームドコンセントで10ℓの汗を掻いた。

色んな選択の連続で数えたらきりがない。
きっと子育てはどの家庭も色々あるんだろ。
だが(今が元気ならオッケー)とはならない私。

周りと比べると比較的高齢からの子育て。
この子が若いうちに我々夫婦は死んでるか。
まだ未熟な状態で一人になったらどーしよう。

「この先の未来は兄弟で助け合い生きろ。」

これは二人兄弟に発せられる父の口癖だ。
一緒に過ごした時間が少ないからかなぁ。
父親としての格言が少なすぎるんだよって。

でもこのフレーズには妙な説得力がある。
子ケロが生まれてからは尚更なんだよな。
一人で海原に放り出されて平気か?って。

そしてその後、4つ違いの子々ケロが誕生。
耳にタコだった父の格言めいたフレーズ。
どうやら私には響き浸透していたようである。

何やら読み返すと安っぽい自叙伝みたいだ。
無教養を強く自覚する私、父ケロ。
格好つけたってムリムリ、柄じゃあないよ。

当ブログは自叙伝などとは対極に位置する。
到達目標から考えると、まだ序章の段階だ。
頭が悪いと大変だなこりゃぁ・・・。

PS.もうすぐ2月。子ケロは不登校のまま。

父ケロ

覚醒 遠親は近隣に如かず

子ケロ&子々ケロ&妻ケロ
01 /25 2017
キラキラ


おいおい、ありきたりの自叙伝なの?
それともお涙ちょーだいの不幸自慢か?
いえいえとんでもない!

23年前に横浜に逃避した見知らぬ家族。
その陳腐な過去を綴ってもしょーがない。

実のところ、過去の記憶は抹殺したいほど。
思い出すだけで気分が悪くなることもある。

ではどーして私は赤裸々に恥を晒すのか?
たぶん心に闇のない人などはいないはず。
子のために生きる親に恥や外聞などないよ。

恥を晒せば現状が変わる可能性があるかも。
変わらずとも同じ恥が上塗りされるだけの事。
痛くもかゆくもないのだ。

子ケロの不登校で柄にもなく悶々と考える。

学校に通わなくてはならぬ理由。
そこに集うことにより得られる効力や意味。
そこをスルーし生きてきた私には分からない。

けれど漠然としたメリットは答えられるかも。
友達や仲間と遊ぶ事のメリットはデカいはず。
独りで悶々と思慮したってたかが知れてる。
井の中の蛙 大海を知らず 的なそれか。

ここ1年余りで痛感したこともある。
(人は一人で生きられない)は本当なのかも。

ダメな親なりに本やネットで解決策を探る。
しかしそこから有効なアンサーは得られない。
離散した両親に話しても黙ってしまうだけ。
一家離散の道を選択した両者だから当然か。

23年前、それまでの人間関係を絶った私。
横浜の地で人生のやり直しというわけだ。
閉鎖的な性格の私でも新しい仲間が出来た。

事務所の同僚や横浜で培った友人家族。
若干精神的に辛かったからぶちまけてみた。
もちろん親らしく悩んでいるフリは忘れない。

するとどーだろう。
ただ心中を語るだけなのに少し楽になった。
タイムリーだが昨晩もそうだ。

建前案件を携え、昔の恩人に連絡してみた。
絶った筈の昔の人間関係である筈なのに。
しかしこの方は特別(特殊?)なお方。
常人では理解できない世界観をお持ちだ。
地球規格を越え宇宙規格の感性で生きる。
ほらぁ、やっぱり話せば楽になるでない・・。

小さい時から学校で果敢に人脈を構築せい。

子ケロよ。
ダメ父でも胸を張って言い切れる格言じゃ。

ああ、本日も駄々長いヨタ話で疲れてしもた。
次回のアップはサイト開設目的について。
懲りずに覗いてやって下さい。

PS.子ケロは今日も不登校記録更新中。

父ケロ