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歓喜雀躍 子ケロと子々ケロ

子ケロ&子々ケロ&妻ケロ
01 /24 2017
泳ぐ子ケロ

23年前の新婚時代からの10年間。
母と離婚し再婚をしていた父との連絡時。
第一声のお決まりのセリフがあった。

「おーなんだぁ、子供はまだなのか?」

たぶん父本人にそう悪気はないのだろう。
関東人のくせに阪神ファンである変り者。
よって(?)デリカシーが欠落した男である。

晩婚少子化時代ではあまり聞かないそれ。
私は夫婦で楽しくしてるから気にもならん。
しかし妻ケロには重たい挨拶だったようだ。
結婚してからの10年間。
年末年始に挨拶する度にこれじゃなぁ・・。

妻ケロの父はこの数年前に病気で他界。
孫の顔を見せられぬままの別れだった。
たぶん妻ケロはそれが心残りだったはず。

そしてファイター妻ケロの不妊治療が開始。
およそ2年間、月一のハズレくじで涙する。
でも妻ケロは決して諦めない強い女。

当時は珍しかった腹腔鏡下手術へGO‼
妊娠を阻んでいた子宮内粘膜の除去オペ。
施術後3ヶ月後、子ケロが誕生するのだ。
結婚13年目を迎えた年のことである。

第一子誕生に歓喜するミドルエイジ夫婦。
心がこんなにも(高揚)するものかと驚く。
後に(浮足立つ)を体感するわけだが。

神経質で夜泣きがすさまじい子ケロ。
小3くらいまでは不眠生活だったかなぁ。

初めての子育てで目まぐるしく過ぎる日々。
現在に至るまで色々あった。
事の前後関係が錯綜し整理がつかないよ。

2歳の時の大事は思い返すと今も震える。
尿路感染で発熱、口から泡吹き意識不明。
救急車内では一時心肺が停止。
救急救命士さんの蘇生処置で復活。
親子共にこの世の終わりをリアルに感じた。

その後、現代医療の素晴らしさに感謝した。
入院や治療で半年以上の闘病生活。
まだ小さいので、入院時は妻ケロも一緒。
私は朝仕事に出掛け、帰りは病院の日々。
日清食品がこの世に無ければヤバかったな。

3歳の時にも斜視の大がかりなオペを経験。
施術内容を聞いて人生で一番迷ったっけ。
全身麻酔で眼球を持ち上げる。
レーザーメスで斜視の原因の筋肉を削ぐ。
インフォームドコンセントで10ℓの汗を掻いた。

色んな選択の連続で数えたらきりがない。
きっと子育てはどの家庭も色々あるんだろ。
だが(今が元気ならオッケー)とはならない私。

周りと比べると比較的高齢からの子育て。
この子が若いうちに我々夫婦は死んでるか。
まだ未熟な状態で一人になったらどーしよう。

「この先の未来は兄弟で助け合い生きろ。」

これは二人兄弟に発せられる父の口癖だ。
一緒に過ごした時間が少ないからかなぁ。
父親としての格言が少なすぎるんだよって。

でもこのフレーズには妙な説得力がある。
子ケロが生まれてからは尚更なんだよな。
一人で海原に放り出されて平気か?って。

そしてその後、4つ違いの子々ケロが誕生。
耳にタコだった父の格言めいたフレーズ。
どうやら私には響き浸透していたようである。

何やら読み返すと安っぽい自叙伝みたいだ。
無教養を強く自覚する私、父ケロ。
格好つけたってムリムリ、柄じゃあないよ。

当ブログは自叙伝などとは対極に位置する。
到達目標から考えると、まだ序章の段階だ。
頭が悪いと大変だなこりゃぁ・・・。

PS.もうすぐ2月。子ケロは不登校のまま。

父ケロ

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