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アンビバレントチョコ

父ケロとして
02 /15 2017
チョコ

毎日毎日、仕事帰りに頼まれたチョコ材料。
やれ黒だの白だの、チョコペンだの・・・。

五十路に近いオヤジが手作り材料を手にし
てレジに並ぶ身にもなっておくれよ。

んな訳で今年はトリュフに挑戦の子ケロ

確か去年は不登校デビューの時期と重なり
果敢に挑戦していたイメージはなかったが。

今年は時間が有り余っているせいか、凝りに
凝ったこだわりようである。

お友達の分だけかと思っていたら、酒のアテ
にと、私の分のチョコレートを出してきた。

・・・なんだぁ、めっちゃ嬉しいやん‼

思わずこぼれる笑みを隠せない私。
早速食べようとすると子々ケロが横に。
そしてニンマリ笑顔で子ケロも離れない。

結局三人で分け、チョコは一瞬で無くなった。
しかしその一瞬の儚さが良かったのか。
意外にもちゃんとトリュフしていて美味かった。

さすがに時間があるから勉強したか?
そう言えばもっと大量にチョコ買ったよなぁ。
失敗を重ねて出来上がった至極の5粒かも。

ありがとうな、本当に美味しかったぞ。

これからはもっと行動範囲を広げ、ちゃんと
恋でもしておくれ。
そして本命チョコを食わせてやりなさいな。

父ケロ

お前もうちの子だよ

父ケロとして
02 /19 2017
fuku.jpg

一昨日の夜。
子々ケロが私に説明する。

「明日ねぇ、フクちゃんがマツコになるんだよ」

「そうだね・・マツコというよりカバちゃんか?」

昨日は当家オス猫の方の去勢手術だった。
一泊の入院を経て、先ほど連れて帰った。

エリザベスカラーという昔のシャンプーハット
のようなものを一週間付けていなくてはなら
ないのだが、これが何とも可哀そうだ。

飯は食いずらい。
水は飲みにくい。
動くたびに何かにぶつかる。

もう一匹のメスの方なんかその異様な光景
にシャーシャー言って威嚇しているぞ。
つい一昨日までくっついて寝ていたくせにね。

人間の勝手な理由で強制的にオペされたうえ
に、やっと済んだらまたこのあつかいである。
ホントにごめんな、痛かったろ。

しかし、家に戻ってからは体全体の震えも止
まり、不自由な状態ではあるのだが、若干嬉
しそうな表情も浮かべる。

こんな家でも自分の棲み処と思ってくれてい
るのかねぇ。
ウチに来てからまだ半年も経たないのになぁ。

病院から借りているこのエリザベスカラーとい
うモノが犬用との兼用みたいで可哀そうだ。
ちょっと待ってろよ。

CMみたいにアマゾンプライムしてやるからな。

父ケロ

     




情操教育の行方

父ケロとして
02 /21 2017
みく (2)

昨年のG・Wの頃。
子ケロの教育係として勤務する猫。
その名はミク。

牛の模様でミルク → ミルクのルを取り → ミク。
子ケロが名をつけた。

実は子ケロが不登校になる前から切望していた。
私は飽きっぽい奴だからと決めつけ、ためらった。
猫は敏感に飽きられたことが分かりそうだからね。

後に婆ケロ妻ケロ【情操教育】を口にする。
けれど【情操教育】ってなんだ?
して、早速調べてみたっけ。

道徳的、芸術的、宗教的などの社会的価値を
もった高次な感情・意志を養うための教育。


調べてみてもいまいちピンと来ない。
けれどなんかよさげなんだろうねきっと。
日中に一人でいるよりはいいかもしれんし。

そんな訳で動物病院の里親募集記事を検索。
当家に勤務し、もうそろそろ10か月が経過する。
勤務状態はとても真面目で子供達に懐いている。

専用のゲージハウス等を用意したが全く使わず、
二人の子供たちと掛け布団をかけて寝ている。
猫って布団掛けて寝られるもんなんだねぇ。

生後50日近く野生で育ったらしく、警戒心は強い。
機嫌がいい時でないと抱っこさせてはくれない。
若干子ケロと似てるかもなぁ。

当初心配されていた子ケロの飽きっぽさ。
今のところ、その心配は無用だったと思われる。
猫関連の買い物で頻繁に出掛けるようになった。

完ぺきとは言えないが、掃除やらの世話もする。
決して嫌々やっているようにも見えない。
それが分かっているかのようにミクもいい子だ。

結果、情操教育が成されているかは分からない。
しかしもしミクがいなかったらと考えると恐ろしい。
恐ろしく感じるということは、大正解だったのかな。

ウチに来てくれてありがとうミク嬢。
そしてこれからも二人の子供をよろしくな。

父ケロ

  



感慨の場所

父ケロとして
02 /25 2017
草むらと子供

子供の時分に記憶する感慨深い場所。

そんなことをイメージしながら気軽に子供が集
えるような場所を確保出来ないものかと考えて
いると、つい思い出してしまう話がある。

それは二十五年くらい前。

当時24歳の私は結構忙しく、深夜まで営業して
いる喫茶店にて遅い夜食を摂ることが多かった。
都内の池袋と大塚の境辺りの(あすなろ)という
お店である。

偶然同じマンションに住むスピリークイーンこと、
A上司とも時間を共にさせていただける機会が
多かった。

私が陰でスピリークイーンと俗称を使っている
とおり、型にはまらないお方であり、時間が過ぎ
るのを忘れ、楽しい話を朝方近くまで伺えた。

思い出す話というのは、そのA上司(女性です)
の子供時代の話である。

記憶違いだと申し訳ないのだが、確か個性的な
性格のおかげで親兄弟と衝突することが多かっ
たとかそうでなかったとか。

そんな少女時代に、唯一心が安らぐ最高の場所
があったらしいのだ。

同族か身内かは定かではないのだが、とにかく
血縁関係にある人物が、自分が小学校に通う
ようになったことを喜び、小さな文具店を始めた。

そのお店には少女が喜びそうなかわいい文具が
ならび、時が経つのを忘れるほど入り浸っていた
らしい。

普段はビッとした感じで常に緊張を伴うA上司。
結構勇気や気合いを入れないと話せないお方。

しかし大変失礼なのだが、その幼少期の記憶
を辿りながらの表情は、幸せな笑みを浮かべて
おり、少女時代に回帰したように感じたのだ。

以降、(子供時代の幸せの記憶)のキーワード
で思慮する時には、必ずその少女時代のA上司
の話を思い出すのだ。


この私が少女時代のA上司と同様の幸せな空間
を子供達に提供できるかどうかは分からない。

けれどもしつこく頑張ってみることにしますよ。
あ~BIGでもドカンと当たらねーかよぉ しかし・・

父ケロ


そこにいるだけで

父ケロとして
03 /10 2017
シャボンと子供

明日は東日本大震災発生から6年目。
そのせいか、関連したニュースが多い。

あまりにも不謹慎な感じがして言葉には出せ
ないのだが、過去の惨状を振り返り、頭に浮
かぶ、ひとつのフレーズがある。

震災や津波の被害で家族を亡くした方々は
沢山いるので、間違っても口にはしないけど。

(学校がなんだ、元気に生きてりゃあいい)

短絡的かつ貧困発想であることは重々把握
しているのだが、純粋な気持ちとしてこう
思ってしまうのだ。

先日、兄や父親と連絡を取ることがあった。
当然、近況報告の大半は子ケロの話となる。

やはり血縁というのは、長きに渡り疎遠に過
ごしていても、思考構造が似てしまうのか。

口裏を合わせたかのように両者同じフレーズ
が飛び交い、思わず笑ってしまった。

(元気にしてりゃあそれでいいんだよ!)

細かい言い回しの違いはあるが、全く同じコ
メントだった。

言い訳がましいようだが、不幸な震災の記憶
を刺激するようなニュースの背景があり、そこ
が起点となり出た言葉ではない。

決して震災の記憶が発想の起点ではない。
昔からの思想の原点から発した言葉だから。

PS.一昨日、癌から復活した婆ケロの引率で
   子ケロが放課後のカウンセリングに行く
   ことが出来た。
   ものすごく小さなハードルだが、乗り越え
   て得るモノは大きいのだと信じたい。

父ケロ